朝日新聞』(夕刊) 2007(平成19年)年7月10日火曜日3版4
上海の小中学生、日本将棋体験
対局見学やプロからの指導も
中国・上海の小中学生24名人が6月28日から7月4日にかけて来日し、プロの公式戦を見学するなど、本場の日本将棋に触れた。
日中国交正常化35周年を記念した2007「日中文化スポーツ交流年」事業の一環で、社団法人日中科学技術文化センター主催。NPO法人「将棋を世界に広める会」と(社)日本将棋連盟が共催して実現した。
将棋連盟の支部がある上海は将棋の盛んな地域の一つ。約15万人がルールを知っており、訪れた小中学生たちも9級から初段ほどの実力があるという。
29日は、東京千駄ヶ谷の将棋会館であった公式戦の対局を見学。30日は東京・永田町の星陵会館で、神奈川県の小中学生との交流対局を楽しみ、佐藤康光二冠、所司和晴七段、早水千紗女流二段の多面指し指導も受けた。
上海恒豊学校の小学4年生で、初段の張鑫君は「対局見学はちょっと緊張した。将来はプロ棋士になりたい」と話していた。
対局を見学する上海の小中学生たち(日本将棋連盟提供)
『東方時報』(週刊) 2007年7月12日30頁
将棋の駒で新時代の日中文化交流を
神奈川と上海の小・中学生が交流試合
4000年前のインドに起源をもつ超知能ゲーム「将棋」。遣唐使の時代に中国から伝わり、日本独自の発達を遂げた将棋が、今また中国に広がり、新時代の日中文化交流を進める重要な"駒"となっている。
社団法人日中科学技術文化センターと上海市囲棋協会将棋専業委員会の主催による「日中少年将棋友好交流大会」が6月30日に都内で開かれ、神奈川県と上海市の小・中学生が日本将棋の交流試合を行った。これは日中国交正常化35周年を記念する2007「日中文化・スポーツ交流年」の事業の一環として開催されたもの。中国側の許建東主任からの要請を受け、日中文化交流に資する「青少年交流」・「草の根交流」であることから、30年来日本と中国の科学技術文化交流を推進している同社団が招聘した。
大会の最後には、団体リーグ戦で優勝した日本チームから2名と、抽選で選ばれた中国の少年3名が佐藤康光棋聖・棋王による指導対局を受け、交流会は最高の盛り上がりをみせた。また、所司和晴7段と早水千紗女流2段が指導する対局も行われた。訪日団一行46名はこの前日には日本将棋連盟も訪問、専門棋士の対局も見学した。
日本の将棋は「取った駒を使える」という他国にはない独特のルールがあり、中国の「象棋」とも異なる。中国の日本将棋人口は上海に集中しており、日本将棋を指せる上海の学生は既に15万人を超える。交流会の日本側実行委員長である日中科学技術文化センターの野沢太三会長によると、中国で一層日本将棋を広めるポイントとは「上海の普及モデルをどう生かすか」。ITの時代「インターネット対局の活用も」と勧める。
「将棋には"全体を見つつ、慎重に駒を進める"という意味の『着眼大局、着手小局』という言葉があります。国と国との交流も、草の根交流が土台となり、最後は人と人との心のつながりになるのではないでしょうか」。小さな将棋の駒で両国の少年が交流することは未来の友好につながると会長は大きな期待を寄せる。
将棋の魅力は「千変万化で無限の広がりがあること」と野沢会長。私たちも日中関係がよりよく変化しゆく過程を将棋のゲームのように楽しんでいきたい。その限りない発展への希望を小さな駒に託しつつ...。(遠藤英湖)
優しく丁寧に少年たちに教える佐藤康光棋聖・棋王
『解放日報』2007年7月8日 「期待を未来へつなげよう」 今年は中日国交正常化35周年であり、「期待を未来へつなげよう」が2007日中文化スポーツ交流年のテーマとなっている。日中科学技術文化センターの招聘により、上海市将棋専業委員会は、上海少年将棋選手24名を組織し、日本の少年棋士と交流するため、6月28日に東京へ向かった。 この度、訪日した少年棋士の中には、日本で試合に出場するのが、二回目、三回目という人も少なくない。恒豊中学(小中高一貫校)の張鑫は将棋を始めて4年だが、その間、上海市小中高選手権試合の小学生男子部において、二度優勝している。今回の中日団体戦においても、四局全て勝ち。その中の一局は数歳年長の日本側中学生を負かしている。彼の弟である張毅も将棋が好き。今回も一緒に参加した。ペアは日本側にもいた。島本航輔・島本真輔、双子の兄弟である。言葉は通じないが、将棋で交流できる。盤上に障害無し。 『将棋世界』2007年9月号「日中少年将棋友好交流会」 〔主催〕(社)日中科学技術文化センター 上海市囲碁協会将棋専業委員会 佐藤二冠から中国女子選手へ記念品贈呈 6月末から7月上旬にかけて、中国・上海市の小中学生24人が日中少年将棋友好交流会として来日。千駄ヶ谷・将棋会館での対局観戦や、横浜市の小中学校との交流大会に参加した。 日中交流年 プロの対局観戦 公式戦を観戦する中国の子どもだち このあとは館内案内、将棋の歴史、将棋界についての講義。常務理事の田中寅彦九段が「羽生三冠はほぼ毎年対局料と賞金だけで一億円かせいでいます」と説明すると、子供達も、おおっと言った表情に。子供にとってはトップ棋士の活躍を具体的に示す説明だったようだ。 佐藤二冠による指導対局 ほとんどの子供は初来日だが、張君は今年の小学生名人戦東京都23区大会に特別枠で参加した、いわば「上海小学生名人」。まだ4年生だが二、三段くらいは指せるだろう。弟の張毅君は一つ年下の3年生で初段ぐらいか。 佐藤二冠登場 将棋への注目と日本への関心 中国の少年棋士と記念写真 日中少年将棋友好交流会の報道一覧について 1.日本側報道 1)『朝日新聞』2007年7月10日「上海の小中学生、日本将棋体験」 2)NHK BS 2007年7月7日「日中少年将棋友好交流会」 3)『将棋世界』2007年9月号「日中少年将棋友好交流会」 4)『近代将棋』2007年9月号 「棋界わくわくガイド」 5)『東方時報』2007年7月12日「将棋の駒で新時代の日中文化交流を」 2.中国側報道 1)『解放日報』 2007年7月 8日「心的期待 新的未来」 2)『東方体育日報』2007年7月 8日「上海少年将棋手赴日交流」 3)『新聞晨報』 2007年7月 8日「上海少年将棋手赴日交流」 4)『少年日報』 2007年7月16日「上海少年将棋手赴日交流」 5)『申江服務日報』2007年7月18日「上海100人将棋団訪日」
本紙記者鄭辛遨は幸いにも唯一メデイアの一員として、同行することができた。
将棋の起源は、インドのチャトランガというゲームであり、21世紀の世界でも普及しており、中国では四番目に数えられる(囲碁、象棋、チェスに次ぎ)。将棋は知力開発に優れ、心身の健康に有益なスポーツであり、広範な青少年に深く愛されている。上海市将棋専業委員会の許建東主任によれば、現在、上海の100以上の小、中、高、大において、将棋の普及活動が行われており、15万人の学生が将棋を学んでいる。
西南位育中学の陳繁林は、24名の内、唯一の女子選手。将棋歴3年。家で指せるように、父親に将棋を教えたほどである。上海市小中高選手権試合の小学生部において優勝しており、中学生では4位を占めた。
上海の少年棋士は、日本滞在の間、将棋会館を訪問し、専門棋士の対局を見学した。また、日本将棋の棋王である佐藤康光、女流棋士早水千紗の指導を受け、視野を広げ、見識を深め、学ぶことが多かった。
同行記者の取材に対して、日中科学技術文化センターの野沢太三会長は次のように語った。上海の少年棋士が日本に来られ、日本の少年と将棋の試合で、切磋琢磨しただけでなく、 友好を深めることができ、更には両国民間の文化交流を促進し、両国民間の友好往来を増進するという目的も達することができました。かって、小さなピンポン球が、日中両国人民の心をつなげたように。
記事・写真 中島一
〔共催〕(社)日本将棋連盟 NPO法人 将棋を世界に広める会 上海許建東将棋倶楽部
〔協力〕 神奈川県小中学校将棋連盟 中央区アマチュア将棋連盟
上海市は海外では将棋普及が最も進んでおり、その礎を作ったのが許建東さんだ。許さんは日本で将棋を覚え、上海に戻ってから普及を始めたが、ポイントは学校の正課に将棋を取り入れてもらったことである。「礼儀作法や集中力の向上にも役立つ」と実利をあげて説明するなど努力のかいあって、将棋人口は子供を中心に軽く10万人を超え、中には三、四段クラスという人もいる。
今回は交流イベントという形で希望者を募ったため、級位者中心だが、許さんによれば初段クラスも数人いるそうだ。
今年は日中の国交回復35周年にあたり、「日中文化・スポーツ交流年」と位置づけられて、様々なジャンルで特に青少年を中心にした交流が行われている。
将棋も日本文化の一つとして、3月には中国・青島市で女流名人位戦第3局が行われた。この交流会も中国からの技術者、科学者の受け入れに大きな役割を果たしている、(社)日中科学技術文化センターが主催者になっている。
将棋という日本文化を媒介に、同世代の日本の子供と交流し、日本に親しんでもらうのが目的の一つである。
6月29日午前9時半、将棋会館2階の研修室は黄色一色だった。小学生14人、中学生10人に許さんほか地元の学校からの引率者も含め50名近い一行が、おそろいの「2007日中文化・体育交流年」のTシャツ姿で、公式戦観戦に備えての注意事項などを説明されていた。
今回、将棋連盟は一行に公式戦の観戦や扇子、棋書のプレゼント、将棋の歴史の講義などの歓迎の準備をしていたが、一番子供達に関心が高かったのは対局観戦だろう。この日は特別対局室で森下卓九段ー佐々木慎五段戦が行われたが、午前10時前、対局室に入るとやや興奮気味で、ときおり引率の方に注意されていた。
上海はプロ棋士の来訪も多いが、公式戦の観戦となれば話は別。緊迫感ある対局開始の光景は印象に残ったはずだ。
先にも触れたように上海の将棋人口は低年齢層の占める割合が多いので、トップクラスの伸びしろも大きい。将来国外からの棋士が誕生するとすれば、第一号は上海出身である可能性が大だろう。
早水二段、中国語で挨拶
翌30日は横浜市の小中学生との交流大会が行われた。開会式で意外な特技を披露したのが、審判長の早水千紗女流二段。中国語で歓迎の挨拶を行ったのだ。
午前3時までかかったというメモを片手に通訳を必要とせず、中国語で最後まで通し、一行から大きな拍手を浴びた。
棋士による海外普及では、語学力は友好を深めるためのポイントの一つである。本人から直接説明してもらえる重みは大きいし、棋士に対する親近感も高まる。
指導対局でも苦戦しながらも中国語で通した早水二段。今後、上海ほか中国でのイベントには引っ張りだこになるのではないだろうか。
横浜市は上海市と姉妹都市の関係を結んでいるという縁もあって、今回の対戦相手に決まった。中国側が3人×8チーム、日本は中学校、小学校各2の計4チーム。これらが中国2、日本1のリーグで対戦し、各1位が決勝トーナメントに勝ち進むというシステムで、抜け番のチームを対象に指導対局が行われる。
先にも述べたように今回は級位者が中心だったので、比較的日本チームが優勢に戦っている。しかし中国側でもHチーム(張鑫、張穀、白煜林)は安定した戦いぶりを見せていた。
中でも大将の張鑫君は、前日、将棋会館で指したとき、桜井昇八段が「将棋がしっかりしている」と一押し。チームは準決勝で負けたが、順位決定戦も含め上海側では唯一の5戦全勝だった。
お兄さんの方が先に将棋を始めたそうだが、二人とも3年弱でここまで伸びたというのはかなりの進歩といえる。兄弟に二枚落ちで飛ばされた早水二段も意外な実力者に驚いていた。会場には上海訪問歴も豊富で、許さんとの親交も深い所司和晴七段も加わり、何度も子供達の相手を努めていた。
大会が終わる頃、会場に佐藤康光二冠がかけつけた。
上海側ではかねてから佐藤二冠を地元に招待したいという意向を持っていたが、昨年度は6つタイトル戦に出場と棋界一,二を争う過密スケジュールぶりでさすがに無理。それでも国内ならなんとかということで、今回の交流会に特別指導役として参加してもらった。
佐藤は前日、棋聖戦第3局を淡路島で戦い、帰京の足でそのまま会場入りと、やはり多忙の中で特別指導が行われた。
指導対局は5面指しで、2人がトーナメントで優勝した栄光学園中学から、3人が上海側から抽選で選ばれた。
日本の生徒にとっても佐藤二冠による指導対局は大きなお楽しみだが、遠路上海からの参加者にとっては一生ものの思い出だろう。3人とも2枚落ちで挑んだが、その中で先ほども紹介した張穀君の将棋が一番内容も面白かった。
駒落ち定跡の研究もしっかりしており、2歩突っ切りの駒組みは問題なし。ただ攻め方に問題があり、図の局面では桂損で、手合いがきつかったかと見ていたが、張君はここから鋭いところを見せた。
▲7五歩△6四銀▲7六飛と手薄な左側に手をつけに行ったのが好手順。攻め所を作ってしまえば、下手はどこかで▲3六飛と金取りの先手で飛車を逃げる手があるので、上手も容易ではない。
ここで佐藤二冠は△8五桂の鬼手を放ち、以下▲7四銀△5四玉▲8五銀△4三玉▲7四銀△8四歩と桂を犠牲に玉を遁走させて、下手の攻めをかわしにでたが、そこで▲7七桂打と攻めをつないだ形は駒損も消えていい勝負だ。
このあと張君はうまく竜を作ったが、追い方を誤って惜敗。タイトルホルダー相手の金星はならなかったが、小学3年生でここまで指せればまずまずだろう。
今回の一行には上海体育総局から団長が派遣されたほか、上海市の解放日報から取材記者が同行し、日本将棋に対する地元の注目の高さがうかがえた。
中国では将棋は囲碁や中国象棋、チェスなどとともに頭脳スポーツとして、体育総局が管轄している。
許さんがほとんどゼロから始めた将棋普及は、一般市民にも日本文化の将棋としての知名度が浸透している。許さんによれば、初期に覚えた人の中からは指導する側に回った人もいるそうである。
一行はこの後京都などを見学して帰国しており、将棋を指しにきただけではなく、日本を体験したという面も大きい。 直後には沖縄で上海と沖縄の将棋交流会があり、やはり多くの子供が上海から交流を楽しんだそうである。
将棋を海外に普及することは日本を紹介することでもあり、今後も海外の青少年との交流を行うということは非常に意義あることである。今回、冒頭に紹介した多団体の尽力で、無事交流会は成功した。今後もこのような団体の来日に期待したい。

コメントする