その南野さんから、日中国交正常化35周年記念行事のためハルピンを訪れるがその際、方正公墓にぜひ参拝したいという電話が入った。2泊3日という厳しい日程だが、「1日かかっても方正に行きます」という強いご意志で方正行きが実現した。
9月29日、伊藤忠彦衆議院議員、国土交通省・観光事業課の花角英世課長、全国旅行業協会の木村茂男副会長らと共に、ハルピンから3時間かけて方正に到着。国共内戦や朝鮮戦争、抗日戦争の犠牲者が眠る革命烈士紀念碑に参拝後、方正日本人公墓に花束を捧げて深く一礼した。南野、伊藤両議員はしばし公墓を見つめた。南野さんの眼に涙が光る。隣に建つ麻山地区日本人公墓にも深く黙礼された。この両公墓の後方にある中国養父母公墓にも参拝された。
ハルピンで敗戦を知った南野さんは、当時小学生の4年だった。幸いにも無事、家族とともに帰国されたが、一つ間違えば、孤児になっていたかもしれなかった。そのことを痛いほど意識されていたはずである。
独自の稲作栽培技術指導を行い、黒竜江省を米作中国一に仕上げた藤原長作さんの業績の数々が展示されている記念館を見学後、方正テレビ局の取材を受けた。南野さんは、チチハルで生まれたこと、養父母のこと、公墓のことをお話され、方正への感謝の言葉を述べられた。伊藤さんは、養父母が孤児のために尽くしてくれたこと、方正県政府と方正の人々の暖かい心の深さを、方正に来て感じることができたと答えられた。
公墓参拝をアレンジした大類も取材を受け、方正の会としては、日本人公墓を通して、国を愛することも大切である、と同時に国際的な友愛の精神が重要であることを日中の若者たちに知ってもらうように努めていきたいと答えた。
南野議員の方正訪問には朝日新聞瀋陽支局長の古谷浩一氏も同行され、11月5日付朝刊に「福田さん、旧満州に行きませんか」という記事で南野さんの方正公墓参拝を紹介した。
朝日といえば、大類が朝日新聞「私の視点」に書いた10月10日付の記事の反響は大きく、翌11日には、中国で最もインテリ読者が多いという『参考消息』にも翻訳転載され、それを引用する形で、人民日報(中国語版)がインターネットにも配信、英字紙『ヘラルド朝日』にも翻訳転載された。
初めて知った公墓の存在に驚き感激したというメールや手紙も多くいただいた。南方などに残る遺骨の収集に取組んでおられる「南十字星会」の方や、敗戦直後ソ連軍に追撃され、満州の広野を逃げ惑い、流浪の末、その方正で母親と弟さんを亡くされた方も来訪された。戦争前に南京から送られた千手観音を、南京にお返ししたいと活動をされている名古屋の『二つの観音様を考える会』からは、入会したいという申し込みなど、新たな出会いが生まれた。日中の深いつながりを改めて実感した日々であった。
詳しくは、方正の会報『星火方正』5号に紹介した。ご一報いただければ無料でご送付したい。ご笑覧くだされば幸甚である。
(大類)

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