1945年夏、ソ連の参戦に続く日本の敗戦で地獄のような状況が旧満洲で見られました。 多くの日本人開拓団は、やっと方正の収容所にたどり着いたが、酷寒の中
で飢餓と病に苦しみ亡くなりました。その時の5000体近い死者を葬る日本人公墓がハルビン市郊外にある方正県に建立されました。 国交回復以前の1963年に
中国政府が建立してくれました。国際的な友愛の象徴で日本人公墓の存在を多くの人々に知ってもらうべく活動をしている。
「方正友好交流の会」のホームページ: http://www.houmasa.com
■方正日本人公墓が私たちに問いかけるもの■
「方正友好交流の会 」へのお誘い
中国ハルビン市郊外の方正県に、日本人公墓が建立されているのをご存知でしょうか。1945年の敗 戦のさなか、祖国を目指して逃げ惑った旧満洲の開拓団の人々は、難民、流浪の民と化し、真冬の酷寒にさらされ、飢えと疫病によって多くの人々がこの方正の
地で息絶えました。それから数年、累々たる白骨の山を見た残留婦人が骨を拾い集めました。そして力を貸した中国人たちが集めた遺骨はおよそ五千体ともいわ
れています。
その人たちを祀るお墓が「方正地区日本人公墓」です。中国ではまだ日本の侵略に対する恨みが衰えていない1963年、中国政府 は、中国人民同様わが同胞の死も、日本軍国主義の犠牲者だとして手厚く方正に葬ってくれ、公墓が建立されたのです。多くの日本人開拓団員等が犠牲となった 旧満洲で建立されている公墓はこの方正にあるものだけです。(黒龍江省麻山地区でソ連軍の挟撃に遭い、四百数十名が集団自決した麻山事件の被害者たちの公 墓も1984年に建立され、この方正の地にあります)
この公墓の存在は、残念ながら一部の関係者にしか知られていませんでした。民族の憎悪を 乗り越えて建立され、中国の人々によって管理維持されている公墓の存在を多くの人々に知ってもらおう、そして維持管理の面でも日本が協力して活動していこ
うと設立したのが「方正友好交流の会」です。当会の前身は1993年に設立され、2005年6月に再発足しました、この日中友好の原点の地ともいうべき
「方正」に光を当てることができればと活動を続けています。
●年会費: 個人会員 1口 1,000円 / 団体・法人会員 1口 10,000円
(口数は最低1口、上限はありません)
方正友好交流の会 事務局(大類善啓)
101-0052 東京都千代田区神田小川町3-6 (社)日中科学技術文化センター内
電話 03-3295-0411 FAX 03-3295-0400 E-mail:ohrui@jcst.or.jp
郵便振替口座番号 00130-5-426643 加入者名 方正友好交流の会
星火方正(第4号) ~燎原の火は方正から~
目 次
| 曠野に果てたちちはは | 衞藤 瀋吉 | 1 |
| 方正―魂の交流の場 | 高良 真木 | 3 |
| 故・宮沢一三さんを悼む | 寺沢 秀文 | 5 |
| (方正日本人公墓の支援に尽力した生涯) 母の死刑を無罪に変えたのは周恩来 | 奥村 正雄 | 8 |
| 崔鳳義さん(松田ちゑさんの息子)が自伝で告白 私たちの方正日本人公墓 | 長田 末作 | 11 |
| 負の遺産こそ大切に | 名取 敬和 | 12 |
| 耳底に刻まれたうめき声 | 井出 孫六 | 14 |
| ―「中国残留孤児・国賠訴訟」について― いまなぜ この旅を? | 方正友好交流の会 | 16 |
| ―中国・交流と歴史検証の旅― 会員便り | 加藤重幸 野田良雄 大崎やま子 佐貫幸雄 |
18 |
| 中国から送られてきた写真集『中国残留日本人孤児』 | 編集部 | 21 |
| 書籍紹介 「『満洲』記憶と歴史」 山本有造編著 | 編集部 | 22 |
| 京都大学学術出版会 日本に残留し定住したある日本人 | 大類 善啓 | 25 |
| ~在日華僑・韓慶愈が生きた「もう一つの昭和史」~ 第2回 方正日本人公墓が私たちに問いかけるもの |
編集部 | 37 |
| 書籍のご案内 | 38 | |
| 編集後記 | 39 |
方正友好交流の会では、不定期ではあるが、会報を発行している。
この12月に、会報3号を発行した。
お読みになりたい方は、事務局の大類まで、( ohrui@jcst.or.jpまたは電話03-3295-0411
FAX 03-3295-0400)申し込んでください。
無料です。
各号の内容を確認してください。また1号、2号も残部少々あります。
星火方正(第3号) ~燎原の火は方正から~
目 次
| 松花江のほとりで――第2回方正公墓の旅―― | 奥村 正雄 |
| 「日中友好交流と歴史検証の旅」に参加して | 吉川 雄作 |
| 交流と慰霊、不戦を誓ったハルビン4日間の旅 | 猪瀬 和道 |
| 中国東北地方への旅―開拓団最期の地に立って | 加藤 文子 |
| 風化させてはならない歴史事実―方正日本人公墓と人々の心― | 高橋 健男 |
| 旧満州二題 | 寺沢 秀文 |
| 「満州」/「引揚げ」の記憶をたどって | 南 誠 |
| ―泰阜村・方正・コロ島等を点として― 残留孤児の郷・方正の『礎』となった民族の懐の深さ | 人民日報 |
| 徳をもって恨みに報いる義挙が日本を感動させる | 国際先駆導報 (新潟日報) |
| 日本人公墓知る旅へ 満州の歴史若い世代に | 信濃毎日新聞 |
| 命懸けの逃避行歌忘れず 三波春夫と旧満洲 | 奥村 正雄 |
| 方正友好交流の会とODAの関わり | 牧野 史敬 |
| 天を恨み地を呪いました幕張9条の会発会記念講談台本 | 奥村 正雄 |
| お元気な松田ちゑさん | 編集部 |
| 日本に残留し定住したある中国人 | 大類 善啓 |
| ~在日華僑・韓慶愈が生きた「もう一つの昭和史」~
方正日本人公墓が私たちに問いかけるもの |
編集部 |
| 執筆者及び関係団体の紹介 | |
| お礼とご報告 | |
| 書籍のご案内 | |
| 編集後記 |
星火方正(第2号) ~燎原の火は方正から~
目 次
| 方正訪問記―「方正日本人公墓」と私― | 南 誠 |
| 北京での新年 | 今村 春江 |
| 方正 | 伊藤 俊 |
| 千葉県"方正郷"はいま | 吉田 照也 |
| 「満蒙開拓と伊那谷―慰霊碑は語る―」 の出版にかけた想い | 寺沢 秀文 |
| 《ニュース》 加藤紘一氏は方正日本人公墓に参拝していた! | |
| 4500柱、公墓に眠る開拓民 | |
| 「小泉首相もお参りを」 | 東京新聞 |
| 日本政府に忘れられた中国の日本人公墓 | 華文週報 |
| 60周年特別番組「ポプラが語る日中の物語」 | 北京放送 |
| 執筆者紹介とお願い | |
| 方正地区日本人公墓 墓参の旅 案内 | |
| お礼とご報告を兼ねて | |
| 書籍のご案内 | |
| 編集後記 |
星火方正(第1号) ~燎原の火は方正から~
目 次
| 会の再出発に当たって | 大類 善啓 |
| 大きな反響を呼んだ再編総会 | 編集部 |
| 「日中の友愛 後世へ」 | 新潟日報 |
| 「日本人公墓」が特殊な中日友好の重みを支えている | 日本新華僑 |
| 旧満州の墓守ろう 「日本人も同じ犠牲者」中国側が建立 | 読売新聞 |
| 日本人公墓を風化させるな | |
| 「日本と中国」 | |
| (日中友好協会広報紙) | |
| 「墓は生者に平和を問いかける」 | スベンドリニ・カクチ |
| 再編総会に寄せられたメッセージ | 編集部 |
| 中国から寄せられた祝電 ニュース | |
| 方正友好交流の会 規約 役員人事 | |
| 書籍のご案内 | |
| 編集後記 |








